涙はまだ出ない。

なんだろう、この感覚。
時間が淡々と進んでいく。
室温がスーッと下がった気がした。
記憶と目の前の光景がごっちゃごちゃに混ざっている。
涙はまだ出ない。

互いに一生の友人と思っていた親友が、亡くなった。

今日は朝から体調が悪く、無理すれば行けないこともなかったが、会社を休んだ。
やりたいことはいろいろあったが、何をする気にもなれず部屋でのんびりして過ごしていた。
日が暮れ、近くの店へ夕食に行こうとジャンパーを着たとき、携帯が鳴った。

見れば、親友からだった。
「おう」と言って出てみると、電話の向こうにいたのはヤツの弟さんだった。

「未明に兄が亡くなりました」

ヤツの携帯で電話してきたのが弟さんだと分かった瞬間、
「なぜだろう」と思い、「まさか」と思ったが、その「まさか」だった。
簡単に状況を聞き、今後の予定を聞き、他の友人らにも連絡する旨を言って電話を切った。

病死。

一昨日に発症して、一気に悪くなったらしい。
今度の3連休に新年会をやろうと、他の親友らと連絡を取り合っていた矢先の出来事。
ヤツからのメールには体調が悪いなんて一言も書いてなかった。
きっと、本人もこうなるとは予想してなかったんだろう。
何を疑うこともなく、ただ今度の新年会を楽しみにしていたのに、とても信じられるものじゃない。
ヤツと仲の良かった友人らに連絡しても、ほとんど「は？」という反応。
当たり前だ。
俺自身もいまだに信じられないでいる。

弟さんと電話で話しているうちから、冒頭にある奇妙な感覚にとりつかれている。
確実なニュースソースから届いた、疑う余地のない情報に対する拒否反応なんだろうか。

人生の酸いと甘いを語り合いながらバカみたいに飲みまくったあの夜が、
俺だけの「思い出」になってしまった。
会社を休んでおきながらと、怒られるかもしれないけれども、
今夜はヤツのために、グラスを2つ並べて飲むことにしよう。

涙はまだ出ない。